を変に警戒しているようなふうなので、私は、うんざりしました。あの外八文字が、みんなに吹聴《ふいちょう》したのに違いありません。その夜は私も痛憤して、なかなか眠られぬくらいでしたが、でも、翌《あく》る朝になったら恥ずかしさも薄らいで、部屋を掃除しに来た外八文字に、ゆうべは失敬、と笑いながら軽く言う事が出来ました。やっぱり男は四十ちかくになると、羞恥心が多少|麻痺《まひ》して図々しくなっているものですね。十年前だったら、私はゆうべもう半狂乱で脱走してしまっていたでしょう。自殺したかも知れません。外八文字は、私がお詫びを言ったら、不機嫌そうに眉をひそめてちょっと首肯きました。たいへん、もったいぶっています。私は、もう此の女とは一言も口をきくまいと思いました。実に、くだらない。きのうは一日一ぱい、寝ころんで聖書を読んでいました。夜も、お酒は呑みませんでした。ひとりで渓流の傍の岩風呂にからだを沈めて、心まずしきものは幸いなるかな、心まずしきものは幸いなるかな、となんども呟《つぶや》いてみましたが、そのうちに大きい声で、いい仕事をしろ、馬鹿野郎、いい仕事をしろ、馬鹿野郎と言うようになりました。それ
前へ
次へ
全70ページ中46ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
太宰 治 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング