はなり切れなかったから、せめて罪滅しに一生、小説を書いて行きます、とでも言うのなら、まだしも素直だ。作家は、例外なしに実にくだらない人間なのだと自分は思っています。聖者の顔を装いたがっている作家も、自分と同輩の五十を過ぎた者の中にいるようだが、馬鹿な奴だ。酒を呑まないというだけの話だ。「なんじら祈るとき、偽善者の如くあらざれ。彼らは人に顕《あらわ》さんとて、会堂や大路の角《かど》に立ちて祈ることを好む。」ちゃんと指摘されています。
 君の手紙だって同じ事です。君は、君自身の「かよわい」善良さを矢鱈《やたら》に売込もうとしているようで、実にみっともない。君は、そんなに「かよわく」善良なのですか。御両親を捨てて上京し、がむしゃらに小説を書いて突進し、とうとう小説家としての一戸を構えた。気の弱い、根からの善人には、とても出来る仕業《しわざ》ではありません。敗北者の看板は、やめていただく。君は、たしかに嘘ばかり言っています。君は、まずしく痩《や》せた小説ばかりを書いて、そうして、昭和の文壇の片隅《かたすみ》に現われかけては消え、また現われかけては忘れられて、そうして、このごろは全く行きづまって
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