とに見えたのだが、いま、しらふでまともに見て、さすがにうんざりしたのである。
 私はただやたらにコップ酒をあおり、そうして、おもに、おでんやのおかみや女中を相手におしゃべりした。前田さんは、ほとんど何も口をきかず、お酒もあまり飲まなかった。
「きょうは、ばかに神妙じゃありませんか。」
 と私は実に面白くない気持で、そう言ってみた。
 しかし、前田さんは、顔を伏せたまま、ふんと笑っただけだった。
「思い切り遊ぶという約束でしたね。」と私はさらに言った。「少し飲みなさいよ。こないだの晩は、かなり飲みましたね。」
「昼は、だめなんですの。」
「昼だって、夜だって同じ事ですよ。あなたは、遊びのチャンピオンなんでしょう?」
「お酒は、プレイのうちにはいりませんわ。」
 と小生意気な事を言った。
 私はいよいよ興覚めて、
「それじゃ何がいいんですか? 接吻《せっぷん》ですか?」
 色婆め! こっちは、子わかれの場まで演じて、遊びの附合いをしてやっているんだ。
「わたくし、帰りますわ。」女はテーブルの上のハンドバッグを引き寄せ、「失礼しました。そんなつもりで、お呼びしたのでは、……」と言いかけて、泣き面《つら》になった。
 それは、実にまずい顔つきであった。あまりにまずくて、あわれであった。
「あ、ごめんなさい。一緒に出ましょう。」
 女は幽《かす》かに首肯《うなず》き、立って、それから、はなをかんだ。
 一緒に外へ出て、
「僕は野蛮人でね、プレイも何も知らんのですよ。お酒がだめなら、困ったな。」
 なぜこのまますぐに、おわかれが出来ないのだろう。
 女は、外へ出ると急に元気になって、
「恥をかきましたわ。あそこのおでんやは、わたくし、せんから知っているんですけど、きょう、あなたをお呼びしてって、おかみさんにたのんだら、とてもいやな、へんな顔をするんですもの。わたくしなんかもう、女でも何でも無いのに、いやあねえ。あなたは、どうなの? 男ですか?」
 いよいよキザな事を言う。しかし、それでも私は、まださよならが言えなかった。
「遊びましょう。何かプレイの名案が無いですか?」
 と、気持とまるで反対の事を、足もとの石ころを蹴《け》って言った。
「わたくしのアパートにいらっしゃいません? きょうは、はじめから、そのつもりでいたのよ。アパートには、面白いお友達がたくさんいますわ。」
 私
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