い溜息《ためいき》を吐いたのである。
僕は危く失笑しかけた。青扇が日頃、へんな自矜《じきょう》の怠惰にふけっているのを真似て、この女も、なにかしら特異な才能のある夫にかしずくことの苦労をそれとなく誇っているのにちがいないと思ったのである。爽快《そうかい》な嘘を吐くものかなと僕は内心おかしかった。けれどこれしきの嘘には僕も負けてはいないのである。
「出鱈目は、天才の特質のひとつだと言われていますけれど。その瞬間瞬間の真実だけを言うのです。豹変《ひょうへん》という言葉がありますね。わるくいえばオポチュニストです。」
「天才だなんて。まさか。」マダムは、僕のお茶の飲みさしを庭に捨てて、代りをいれた。
僕は湯あがりのせいで、のどが渇いていた。熱い番茶をすすりながら、どうして天才でないことを言い切れるか、と追及してみた。はじめから、少しでも青扇の正体らしいものをさぐり出そうとかかっていたわけである。
「威張るのですの。」そういう返事であった。
「そうですか。」僕は笑ってしまった。
この女も青扇とおなじように、うんと利巧かうんと莫迦《ばか》かどちらかであろう。とにかく話にならないと思ったのだ
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