いて彼の会社の名を告げ、スズメに用事がある、と少し顔を赤くして言い、女中にも誰にもあやしまれず、奥の二階の部屋に通され、早速ドテラに着かえながら、お風呂は? とたずね、どうぞ、と案内せられ、その時、
「ひとりものは、つらいよ。ついでにお洗濯だ。」
 とはにかんだ顔をして言って、すこし血痕《けっこん》のついているワイシャツとカラアをかかえ込み、
「あら、こちらで致しますわ。」
 と女中に言われて、
「いや、馴《な》れているんです。うまいものです。」
 と極めて自然に断る。
 血痕はなかなか落ちなかった。洗濯をすまし、鬚《ひげ》を剃《そ》って、いい男になり、部屋へ帰って、洗濯物は衣桁《いこう》にかけ、他の衣類をたんねんに調べて血痕のついていないのを見とどけ、それからお茶をつづけさまに三杯飲み、ごろりと寝ころがって眼をとじたが、寝ておられず、むっくり起き上ったところへ、素人《しろうと》ふうに装ったスズメがやって来て、
「おや、しばらく。」
「酒が手にはいらないかね。」
「はいりますでしょう。ウイスキイでも、いいの?」
「かまわない。買ってくれ。」
 ジャンパーのポケットから、一つかみの百円紙
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