ように、最少限度の必需品を土の中に埋めて置く事にした。
「これも埋めて下さい。」
 と五つの女の子が、自分の赤い下駄を持って来た。
「ああ、よし、よし。」と言って、それを受取って穴の片隅《かたすみ》にねじ込みながら、ふと誰かを埋葬しているような気がした。
「やっと、私たちの一家も、気がそろって来たわねえ。」
 と義妹は言った。
 それは、義妹にとって、謂《い》わば滅亡前夜の、あの不思議な幽《かす》かな幸福感であったかも知れない。それから四、五日も経たぬうちに、家が全焼した。私の予感よりも一箇月早く襲来した。
 その十日ほど前から、子供が二人そろって眼を悪くして医者にかよっていた。流行性結膜炎である。下の男の子はそれほどでも無かったが、上の女の子は日ましにひどくなるばかりで、その襲来の二、三日前から完全な失明状態にはいった。眼蓋《まぶた》が腫《は》れて顔つきが変ってしまい、そうしてその眼蓋を手で無理にこじあけて中の眼球を調べて見ると、ほとんど死魚の眼のように糜爛《びらん》していた。これはひょっとしたら、単純な結膜炎では無く、悪質の黴菌《ばいきん》にでも犯されて、もはや手おくれになってしま
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