でも絶える事なく耳についた。それはもう甲府も、いつかはやられるだろうと覚悟していたが、しかし、久し振りで防空服装を解いて寝て、わずかに安堵《あんど》するかせぬうちに、またもや身ごしらえして車を引き、妻子を連れて山の中の知らない家の厄介《やっかい》になりに再疎開して行くのは、何とも、どうも、大儀であった。
頑張《がんば》って見ようじゃないか。焼夷弾《しょういだん》を落しはじめたら、女房は小さい子を背負い、そうして上の女の子はもう五つだし、ひとりでどんどん歩けるのだから、女房はこれの手をひいて三人は、とにかく町はずれの田圃《たんぼ》へ逃げる。あとは私と義妹が居残って、出来る限り火勢と戦い、この家を守ろうじゃないか。焼けたら、焼けたで、皆して力を合せ、焼跡に小屋でも建てて頑張って見ようじゃないか。
私からそれを言い出したのであったが、とにかく一家はそのつもりになって、穴を掘って食料を埋めたり、また鍋《なべ》釜《かま》茶碗《ちゃわん》の類を一|揃《そろい》、それから傘《かさ》や履物《はきもの》や化粧品や鏡や、針や糸や、とにかく家が丸焼けになっても浅間《あさま》しい真似《まね》をせずともすむ
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