た建築物に移転して来たという事を、そのお家の奥さんから聞いたので、私と妻は子供をひとりずつ背負ってすぐに出かけた。桑畑のあいだを通って近道をすると、十分間くらいで行ける山の裾《すそ》にその間に合せの県立病院があった。
眼科のお医者は女医であった。
「この女の子のほうは、てんで眼があかないので困ります。田舎のほうに転出しようかとも考えているのですが、永い汽車旅行のあいだに悪化してしまうといけませんし、とにかくこの子の眼がよくならなければ私たちはどこへも行けない状態で、ほんとに困ってしまって。」などと私は汗を拭きながら、しきりに病状を訴え、女医の手当のわずかでも懇切ならん事を策した。
女医は気軽に、
「なに、すぐ眼があくでしょう。」
「そうでしょうか。」
「眼球は何ともなっていませんからね、まあ、もう四、五日も通《かよ》ったら、旅行も出来るようになるでしょう。」
「注射のようなものは、」と妻は横合から口を出して、「ございませんでしょうか。」
「あるには、ありますけど。」
「ぜひ、どうか、お願い致します。」と妻は慇懃《いんぎん》にお辞儀をした。
注射がきいたのか、どうか、或《ある》いは
前へ
次へ
全20ページ中19ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
太宰 治 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング