は、あたしのお母さんだけは。
(あさ) ちがいます。あたしは、お前よりずっとずっと悪い女です。あたしは、あの晩、あのひとを殺そうとしたのは、お前のためではなかったのです。あたしのためです。数枝、あたしをこのまま死なせておくれ。死ぬのが一ばん仕合せなのです。数枝、あのひとは、六年前、ちょうどあのようにして、このあたしを、……。
(数枝)(顔を挙げ、蒼《あお》ざめる)
(あさ) あたしは、馬鹿で、だまされました。女は、女は、どうしてこんなに、……。(泣く)
(数枝)(苦痛に堪えざるものの如く、荒い呼吸をして、やがて立ち上る。膝から手紙が舞い落ちる。それに眼をとどめて)桃源境、ユートピア、お百姓、(第一幕に於けるが如き低い異様の笑声を発する)ばかばかしい。みんな、ばかばかしい。これが日本の現実なのだわ。(高くあははと笑う)さあ、日本の指導者たち、あたしたちを救って下さい。出来ますか、出来ますか。(と言いながら、手紙を拾い、二つに裂く、四つに裂く、八つに裂く、こまごまに裂き)えい、勝手になさいだ。あたし、東京の好きな男のところへ行くんだ。落ちるところまで、落ちて行くんだ。理想もへちまもあるもん
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