さい時によく似ている。(改まった顔つきになり、強い語調で)あさは、あの子をほしいと言っているのだが。
(数枝)(顔をそむけ)ばかな。
(伝兵衛) いや、まじめに言ってる。まあ、聞け。あさが、ゆうべ、(かすかに苦笑を浮べて)おれにまじめに相談した事だ。栄一の事はもうあきらめている。戦地からのたよりが無くなってから、もう三年|経《た》つ。あれの部隊が南方の何とやらいう小さい島を守りに行ったという事だけは、わかっているが、栄一はいま無事かどうか、さっぱりわからぬ。あきらめた、とあさは言っている。ちょうどいい具合いにお前が睦子を連れて東京から帰って来た。しかし、お前にはもう内緒の男があるらしい。またすぐ東京へ行ってしまうつもりだろう。まあ、黙って聞けよ。それはお前の勝手だ。好きなようにしたらいいだろう。しかし、睦子は置いて行ってもらえまいか。
(数枝)(また異様な笑声を発して)本気でおっしゃったの? そんな馬鹿な事を、まあ、お母さんもどうかしてるわ。もうろくしたんじゃない? ばかばかしい。
(伝兵衛) もうろくしたのかも知れない。おれだって、ばかばかしい話だと思った。しかし、あれはまじめにそん
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