ころに行き、坐って)どろぼうかと思ったわ。いったい、どうしたの?
(清蔵) すみません。もういちど、私の気持を、ゆっくり聞いていただきたいと思って、お宅の前をずいぶん永い間うろついて、とうとう決心して、屋根へあがって、この二階のお部屋の雨戸に手をかけましたら、するするとあきましたので、それで、……。
(数枝)(苦笑し)とんだ鼠小僧ね。(火箸《ひばし》で埋火《うずみび》を掻《か》き集めながら)でも、田舎では、こんな事は珍らしくないんでしょう? 田舎の、普通の、恋愛形式になっているのね、きっと。夜這《よば》いとかいう事なんじゃないの?
(清蔵) とんでもない、そんな、私は、決して、そんな、失礼な。
(数枝)(笑って)いいえ、そうでなかったら、かえって失礼みたいなものだわ。屋根へあがって、二階のこの部屋へ、しかもこんな夜更《よふ》けに人を訪問するなんて、正気の沙汰じゃないわよ。
(清蔵)(いよいよ苦しげに)お願いです、からかわないで下さい。私が悪いのです。夜這いなどと言われるのは、実に心外ですが、しかし、致しかたがありません。私には、これより他に、手段が無かったのです。(顔を挙げて)数枝さん
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