たなあ。酔っていやがる。僕にたかる気かも知れない。よそよそしくしてやろう。
「ええっと、どなたでしたっけ。失礼ですが。」
ことに依《よ》ると、たかられるかも知れない。
「いつか、クレヨン社に原稿を持ち込んで、あなたに荷風《かふう》の猿真似《さるまね》だと言われて引下った男ですよ。お忘れですか?」
脅迫するんじゃねえだろうな。僕は、猿真似とは言わなかった筈《はず》だが。エピゴーネン、いや、イミテーションと言ったかしら。とにかく僕は、あの原稿は一枚も読んでいなかった。題が、いけなかったんだよ、ええっと、何だったっけな、「或《あ》る踊子の問わず語り」こっちが狼狽《ろうばい》して赤面したね。馬鹿な奴もあったものだ。
「思い出しました。」
いんぎん鄭重《ていちょう》に取り扱うに限る。何せ、相手は馬鹿なんだからな。殴《なぐ》られちゃ、つまらない。でも、弱そうだ。こいつには、勝てると思うが、しかし、人は見かけに依らぬ事もあるから、用心に如《し》くはない。
「題をかえましたよ。」
ぎょっとするわい。よくそこに気が附いたね。まんざら馬鹿でもないらしい。
「そうですか。そのほうが、いいかも知れませ
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