場がございません。私は、荒んだ遊びを覚えました。そうして、金につまった。いまも、ふと、蚊帳の中の蚊を追い、わびしさ、ふるさとの吹雪と同じくらいに猛烈、数十丈の深さの古井戸に、ひとり墜落、呼べども叫べども、誰の耳にもとどかぬ焦慮、青苔ぬらぬら、聞ゆるはわが木霊《こだま》のみ、うつろの笑い、手がかりなきかと、なま爪はげて血だるまの努力、かかる悲惨の孤独地獄、お金がほしくてならないのです。ワンと言えなら、ワン、と言います。どんなにも面白く書きますから、一枚五円の割でお金下さい。五円、もとより、いちどだけ。このつぎには、五十銭でも五銭でも、お言葉にしたがいますゆえ、何卒《なにとぞ》、いちど、たのみます。五円の稿料いただいても、けっしてご損おかけせぬ態《てい》の自信ございます。拙稿きっと、支払ったお金の額だけ働いて呉れることと存じます。四日、深夜。太宰治。」

「拝復。四日深夜附|貴翰《きかん》拝誦《はいしょう》。稿料の件は御希望には副《そ》えませんが原稿は直ちに御|執《と》りかかり下さる様お願い申します。普通稿料一円です。先ずは御返事まで。匆々《そうそう》。『秘中の秘』編輯部。」

「お葉書拝
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