たりした歩調でドアのはうへ行つた。
「いま着いたの?」
「さう。」小菅は、葉藏のはうを氣にしつつ、せきこんで答へた。
 小菅といふのである。この男は、葉藏と親戚であつて、大學の法科に籍を置き、葉藏とは三つもとしが違ふのだけれど、それでも、へだてない友だちであつた。あたらしい青年は、年齡にあまり拘泥せぬやうである。冬休みで故郷へ歸つてゐたのだが、葉藏のことを聞き、すぐ急行列車で飛んで來たのであつた。ふたりは廊下へ出て立ち話をした。
「煤がついてゐるよ。」
 飛騨は、おほつぴらにげらげら笑つて、小菅の鼻のしたを指さした。列車の煤煙が、そこにうつすりこびりついてゐた。
「さうか。」小菅は、あわてて胸のポケツトからハンケチを取りだし、さつそく鼻のしたをこすつた。「どうだい。どんな工合ひだい。」
「大庭か? だいぢやうぶらしいよ。」
「さうか。――落ちたかい。」鼻のしたをぐつとのばして飛騨に見せた。
「落ちたよ。落ちたよ。うちでは大變な騷ぎだらう。」
 ハンケチを胸のポケツトにつつこみながら返事した。「うん。大騷ぎさ。お葬ひみたいだつたよ。」
「うちから誰か來るの?」
「兄さんが來る。親爺さんは
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