の枕元まで近寄つていつたが、硝子戸のそとの雨脚をまじまじ眺めてゐるだけであつた。
葉藏は、眼をひらいてうす笑ひしながら聲をかけた。「おどろいたらう。」
びつくりして、葉藏の顏をちらと見たが、すぐ眼を伏せて答へた。「うん。」
「どうして知つたの?」
飛騨はためらつた。右手をズボンのポケツトから拔いてひろい顏を撫でまはしながら、眞野へ、言つてもよいか、と眼でこつそり尋ねた。眞野はまじめな顏をしてかすかに首を振つた。
「新聞に出てゐたのかい?」
「うん。」ほんとは、ラヂオのニウスで知つたのである。
葉藏は、飛騨の煮え切らぬそぶりを憎く思つた。もつとうち解けて呉れてもよいと思つた。一夜あけたら、もんどり打つて、おのれを異國人あつかひにしてしまつたこの十年來の友が憎かつた。葉藏は、ふたたび眠つたふりをした。
飛騨は、手持ちぶさたげに床をスリツパでぱたぱたと叩いたりして、しばらく葉藏の枕元に立つてゐた。
ドアが音もなくあき、制服を着た小柄な大學生が、ひよつくりその美しい顏を出した。飛騨はそれを見つけて、唸るほどほつとした。頬にのぼる微笑の影を、口もとゆがめて追ひはらひながら、わざとゆつ
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