笑も、飛騨にとつては、ただごとでなかつた。また、校庭の砂山の陰に葉藏のおとなびた孤獨なすがたを見つけて、ひとしれずふかい溜息をついた。ああ、そして葉藏とはじめて言葉を交した日の歡喜。飛騨は、なんでも葉藏の眞似をした。煙草を吸つた。教師を笑つた。兩手を頭のうしろに組んで、校庭をよろよろとさまよひ歩く法もおぼえた。藝術家のいちばんえらいわけをも知つたのである。葉藏は、美術學校へはひつた。飛騨は一年おくれたが、それでも葉藏とおなじ美術學校へはひることができた。葉藏は洋畫を勉強してゐたが、飛騨は、わざと塑像科をえらんだ。ロダンのバルザツク像に感激したからだと言ふのであつたが、それは彼が大家になつたとき、その經歴に輕いもつたいをつけるための餘念ない出鱈目であつて、まことは葉藏の洋畫に對する遠慮からであつた。ひけめからであつた。そのころになつて、やうやく二人のみちがわかれ始めた。葉藏のからだは、いよいよ痩せていつたが、飛騨は、すこしづつ太つた。ふたりの懸隔はそれだけでなかつた。葉藏は、或る直截な哲學に心をそそられ、藝術を馬鹿にしだした。飛騨は、また、すこし有頂天になりすぎてゐた。聞くものが、かへつ
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