まつた。むりにもきめる。なにも言ふな。
 兄は、みんなに輕く挨拶した。それから飛騨へなにか耳打ちした。飛騨はうなづいて、小菅と眞野へ目くばせした。
 三人が病室から出るのを待つて、兄は言ひだした。
「電氣がくらいな。」
「うん。この病院ぢや明るい電氣をつけさせないのだ。坐らない?」
 葉藏がさきにソフアへ坐つて、さう言つた。
「ああ。」兄は坐らずに、くらい電球を氣がかりらしくちよいちよいふり仰ぎつつ、狹い病室のなかをあちこちと歩いた。「どうやら、こつちのはうだけは、片づいた。」
「ありがたう。」葉藏はそれを口のなかで言つて、こころもち頭をさげた。
「私はなんとも思つてゐないよ。だが、これから家へ歸るとまたうるさいのだ。」けふは袴をはいてゐなかつた。黒い羽織には、なぜか羽織紐がついてなかつた。「私も、できるだけのことはするが、お前からも親爺へよい工合ひに手紙を出したはうがいい。お前たちは、のんきさうだが、しかし、めんだうな事件だよ。」
 葉藏は返事をしなかつた。ソフアにちらばつてゐるトランプの札をいちまい手にとつて見つめてゐた。
「出したくないなら、出さなくていい。あさつて、警察へ行くん
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