だ。警察でも、いままで、わざわざ取調べをのばして呉れてゐたのだ。けふは私と飛騨とが證人として取調べられた。ふだんのお前の素行をたづねられたから、おとなしいはうでしたと答へた。思想上になにか不審はなかつたか、と聞かれて、絶對にありません。」
 兄は歩きまはるのをやめて、葉藏のまへの火鉢に立ちはだかり、おほきい兩手を炭火のうへにかざした。葉藏はその手のこまかくふるへてゐるのをぼんやり見てゐた。
「女のひとのことも聞かれた。全然知りません、と言つて置いた。飛騨もだいたい同じことを訊問されたさうだ。私の答辯と符合したらしいよ。お前も、ありのままを言へばいい。」
 葉藏には兄の言葉の裏が判つてゐた。しかし、そしらぬふりをしてゐた。
「要らないことは言はなくていい。聞かれたことだけをはつきり答へるのだ。」
「起訴されるのかな。」葉藏はトランプの札の縁を右手のひとさし指で撫でまはしながらひくく呟いた。
「判らん。それは判らん。」語調をつよめてさう言つた。「どうせ四五日は警察へとめられると思ふから、その用意をして行け。あさつての朝、私はここへ迎へに來る。一緒に警察へ行くんだ。」
 兄は、炭火へ瞳をおと
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