藏の兄が病室を訪れた。葉藏は飛騨と小菅と三人で、トランプをして遊んでゐた。きのふ兄がここへはじめて來たときにも、彼等はトランプをしてゐた筈である。けれども彼等はいちにちいつぱいトランプをいぢくつてばかりゐるわけでない。むしろ彼等は、トランプをいやがつてゐる程なのだ。よほど退屈したときでなければ持ち出さぬ。それも、おのれの個性を充分に發揮できないやうなゲエムはきつと避ける。手品を好む。さまざまなトランプの手品を自分で工夫してやつて見せる。そしてわざとその種を見やぶらせてやる。笑ふ。それからまだある。トランプの札をいちまい伏せて、さあ、これはなんだ、とひとりが言ふ。スペエドの女王。クラブの騎士。それぞれがおもひおもひに趣向こらした出鱈目を述べる。札をひらく。當つたためしのないのだが、それでもいつかはぴつたり當るだらう、と彼等は考へる。あたつたら、どんなに愉快だらう。つまり彼等は、長い勝負がいやなのだ。いちかばち。ひらめく勝負が好きなのだ。だから、トランプを持ち出しても、十分とそれを手にしてゐない。一日に十分間。そのみじかい時間に兄が二度も來合せた。
 兄は病室へはひつて來て、ちよつと眉をひ
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