て直さぬことには、だいいち僕がたまらない。
どだいこの小説は面白くない。姿勢だけのものである。こんな小説なら、いちまい書くも百枚書くもおなじだ。しかしそのことは始めから覺悟してゐた。書いてゐるうちに、なにかひとつぐらゐ、むきなものが出るだらうと樂觀してゐた。僕はきざだ。きざではあるが、なにかひとつぐらゐ、いいとこがあるまいか。僕はおのれの調子づいた臭い文章に絶望しつつ、なにかひとつぐらゐなにかひとつぐらゐとそればかりを、あちこちひつくりかへして搜した。そのうちに、僕はじりじり硬直をはじめた。くたばつたのだ。ああ、小説は無心に書くに限る! 美しい感情を以て、人は、惡い文學を作る。なんといふ馬鹿な。この言葉に最大級のわざはひあれ。うつとりしてなくて、小説など書けるものか。ひとつの言葉、ひとつの文章が、十色くらゐのちがつた意味をもつておのれの胸へはねかへつて來るやうでは、ペンをへし折つて捨てなければならぬ。葉藏にせよ、飛騨にせよ、また小菅にせよ、何もあんなにことごとしく氣取つて見せなくてよい。どうせおさとは知れてゐるのだ。あまくなれ、あまくなれ。無念無想。
その夜、だいぶ更けてから、葉
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