「やつてるな。いいよ。藝術家は、やつぱり仕事をするのが、つよみなんだ。」
 さう言ひつつベツドへ近寄り、葉藏の肩越しにちらと畫を見た。葉藏は、あわててその木炭紙を二つに折つてしまつた。それを更にまた四つに折り疊みながら、はにかむやうにして言つた。
「駄目だよ。しばらく畫かないでゐると、頭ばかり先になつて。」
 飛騨は外套を着たままで、ベツドの裾へ腰かけた。
「さうかも知れんな。あせるからだ。しかし、それでいいんだよ。藝術に熱心だからなのだ。まあ、さう思ふんだな。――いつたい、どんなのを畫いたの?」
 葉藏は頬杖ついたまま、硝子戸のそとの景色を顎でしやくつた。
「海を畫いた。空と海がまつくろで、島だけが白いのだ。畫いてゐるうちに、きざな氣がして止した。趣向がだいいち素人くさいよ。」
「いいぢやないか。えらい藝術家は、みんなどこか素人くさい。それでよいんだ。はじめ素人で、それから玄人になつて、それからまた素人になる。またロダンを持ち出すが、あいつは素人のよさを覘つた男だ。いや、さうでもないかな。」
「僕は畫をよさうと思ふのだ。」葉藏は折り疊んだ木炭紙を懷にしまひこんでから、飛騨の話へおつか
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