るところまではついて行き、そのうちに馬鹿らしくなり身をひるがへして傍觀する。これが小菅の、葉藏や飛騨よりも更になにやら新しいところなのであらう。小菅が藝術をいささかでも畏敬してゐるとすれば、それは、れいの青い外套を着て身じまひをただすのとそつくり同じ意味であつて、この白晝つづきの人生になにか期待の對象を感じたい心からである。葉藏ほどの男が、汗みどろになつて作り出すのであるから、きつとただならぬものにちがひない。ただ輕くさう思つてゐる。その點、やはり葉藏を信頼してゐるのだ。けれども、ときどきは失望する。いま、小菅が葉藏のスケツチを盜み見しながらも、がつかりしてゐる。木炭紙に畫かれてあるものは、ただ海と島の景色である。それも、ふつうの海と島である。
 小菅は斷念して、雜誌の講談に讀みふけつた。病室は、ひつそりしてゐた。
 眞野は、ゐなかつた。洗濯場で、葉藏の毛のシヤツを洗つてゐるのだ。葉藏は、このシヤツを着て海へはひつた。磯の香がほのかにしみこんでゐた。
 午後になつて、飛騨が警察から歸つて來た。いきほひ込んで病室のドアをあけた。
「やあ、」葉藏がスケツチしてゐるのを見て、大袈裟に叫んだ。
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