の前庭の千本ばかりのひくい磯馴松がいちやうに雪をかぶり、そこからおりる三十いくつの石の段々にも、それへつづく砂濱にも、雪がうすく積つてゐた。降つたりやんだりしながら、雪は晝頃までつづいた。
 葉藏は、ベツドの上で腹這ひになり、雪の景色をスケツチしてゐた。木炭紙と鉛筆を眞野に買はせて、雪のまつたく降りやんだころから仕事にかかつたのである。
 病室は雪の反射であかるかつた。小菅はソフアに寢ころんで、雜誌を讀んでゐた。ときどき葉藏の畫を、首すぢのばして覗いた。藝術といふものに、ぼんやりした畏敬を感じてゐるのであつた。それは、葉藏ひとりに對する信頼から起つた感情である。小菅は幼いときから葉藏を見て知つてゐた。いつぷう變つてゐると思つてゐた。一緒に遊んでゐるうちに、葉藏のその變りかたをすべて頭のよさであると獨斷してしまつた。おしやれで嘘のうまい好色な、そして殘忍でさへあつた葉藏を、小菅は少年のころから好きだつたのである。殊に學生時代の葉藏が、その教師たちの陰口をきくときの燃えるやうな瞳を愛した。しかし、その愛しかたは、飛騨なぞとはちがつて、觀賞の態度であつた。つまり利巧だつたのである。ついて行け
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