ある。肉親と言へば財産といふ單語を思ひ出すのには變りがないやうだ。「おふくろには、かなはん。」
「うん、兄さんもさう言つてる。お母さんがいちばん可愛さうだつて。かうして着物の心配までして呉れるのだからな。ほんたうだよ、君。――眞野さん、マッチない?」眞野からマツチを受け取り、その箱に畫かれてある馬の顏を頬ふくらませて眺めた。「君のいま着てゐるのは、院長から借りた着物だつてね。」
「これか? さうだよ。院長の息子の着物さ。――兄貴は、その他にも何か言つたらうな。僕の惡口を。」
「ひねくれるなよ。」煙草へ火を點じた。「兄さんは、わりに新らしいよ。君を判つてゐるんだ。いや、さうでもないかな。苦勞人ぶるよ、なかなか。君の、こんどのことの原因を、みんなで言ひ合つたんだが、そのときにね、おほ笑ひさ。」けむりの輪を吐いた。「兄さんの推測としてはだよ、これは葉藏が放蕩をして金に窮したからだ。大眞面目で言ふんだよ。それとも、これは兄として言ひにくいことだが、きつと恥かしい病氣にでもかかつて、やけくそになつたのだらう。」酒でどろんと濁つた眼を葉藏にむけた。「どうだい。いや、案外こいつ。」
今宵は泊るの
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