「院長と四人して相談さ。君、兄さんは策士だなあ。案外のやりてだよ。」
 葉藏はだまつてゐた。
「あす、兄さんと飛騨が警察へ行くんだ。すつかりかたをつけてしまふんだつて。飛騨は馬鹿だなあ。昂奮してゐやがつた。飛騨は、けふむかうへ泊るよ。僕は、いやだから歸つた。」
「僕の惡口を言つてゐたらう。」
「うん。言つてゐたよ。大馬鹿だと言つてる。此の後も、なにをしでかすか、判つたものぢやないと言つてた。しかし親爺もよくない、と附け加へた。眞野さん、煙草を吸つてもいい?」
「ええ。」涙が出さうなのでそれだけ答へた。
「浪の音が聞えるね。――よき病院だな。」小菅は火のついてない煙草をくはへ、醉つぱらひらしくあらい息をしながらしばらく眼をつぶつてゐた。やがて、上體をむつくり起した。「さうだ。着物を持つて來たんだ。そこへ置いたよ。」顎でドアの方をしやくつた。
 葉藏は、ドアの傍に置かれてある唐草の模様がついた大きい風呂敷包に眼を落し、やはり眉をひそめた。彼等は肉親のことを語るときには、いささか感傷的な面貌をつくる。けれども、これはただ習慣にすぎない。幼いときからの教育が、その面貌をつくりあげただけのことで
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