ゐる。小菅が、深夜、厠へ行つたそのときでさへ、おのれの新調の青い外套をきちんと着て廊下へ出たといふ。小菅がそのわかい女とすれちがつたあとで、しみじみ、よかつたと思つた。外套を着て出てよかつたと思つた。ほつと溜息ついて、廊下のつきあたりの大きい鏡を覗いてみたら、失敗であつた。外套のしたから、うす汚い股引をつけた兩脚がによつきと出てゐる。
「いやはや、」さすがに輕く笑ひながら言ふのであつた。「股引はねぢくれあがり、脚の毛がくろぐろと見えてゐるのさ。顏は寢ぶくれにふくれて。」
 葉藏は、内心そんなに笑つてもゐないのである。小菅のつくりばなしのやうにも思はれた。それでも大聲で笑つてやつた。友がきのふに變つて、葉藏へ打ち解けようと努めて呉れる、その氣ごころに對する返禮のつもりもあつて、ことさらに笑ひこけてやつたのである。葉藏が笑つたので、飛騨も眞野も、ここぞと笑つた。
 飛騨は安心してしまつた。もうなんでも言へると思つた。まだまだ、と抑へたりした。ぐづぐづしてゐたのである。
 調子に乘つた小菅が、かへつて易々と言つてのけた。
「僕たちは、女ぢや失敗するよ。葉ちやんだつてさうぢやないか。」
 葉藏
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