、水平線の上に白くたちのぼつてゐた。よくない。僕は景色を書くのがいやなのだ。
い號室の患者が眼をさますと、病室は小春の日ざしで一杯であつた。附添ひの看護婦と、おはやうを言ひ交し、すぐ朝の體温を計つた。六度四分あつた。それから、食前の日光浴をしにヴエランダへ出た。看護婦にそつと横腹をこ突かれるさきから、もはや、に號室のヴエランダを盜み見してゐたのである。きのふの新患者は、紺絣の袷をきちんと着て籐椅子に坐り、海を眺めてゐた。まぶしさうにふとい眉をひそめてゐた。そんなによい顏とも思へなかつた。ときどき頬のガアゼを手の甲でかるく叩いてゐた。日光浴用の寢臺に横はつて、薄目あけつつそれだけを觀察してから、看護婦に本を持つて來させた。ボ※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]リイ夫人。ふだんはこの本を退屈がつて、五六頁も讀むと投げ出してしまつたものであるが、けふは本氣に讀みたかつた。いま、これを讀むのは、いかにもふさはしげであると思つた。ぱらぱらとペエジを繰り、百頁のところあたりから讀み始めた。よい一行を拾つた。「エンマは、炬火《たいまつ》の光で、眞夜中に嫁入りしたいと思つた。」
ろ號室の患者も、
前へ
次へ
全73ページ中15ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
太宰 治 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング