眼覺めてゐた。日光浴をしにヴエランダへ出て、ふと葉藏のすがたを見るなり、また病室へ駈けこんだ。わけもなく怖かつた。すぐベツドへもぐり込んでしまつたのである。附添ひの母親は、笑ひながら毛布をかけてやつた。ろ號室の娘は、頭から毛布をひきかぶり、その小さい暗闇のなかで眼をかがやかせ、隣室の話聲に耳傾けた。
「美人らしいよ。」それからしのびやかな笑ひ聲が。
飛騨と小菅が泊つてゐたのである。その隣りの空いてゐた病室のひとつベツドにふたりで寢た。小菅がさきに眼を覺まし、その細ながい眼をしぶくあけてヴエランダへ出た。葉藏のすこし氣取つたポオズを横眼でちらと見てから、そんなポオズをとらせたもとを搜しに、くるつと左へ首をねぢむけた。いちばん端のヴエランダでわかい女が本を讀んでゐた。女の寢臺の背景は、苔のある濡れた石垣であつた。小菅は、西洋ふうに肩をきゆつとすくめて、すぐ部屋へ引き返し、眠つてゐる飛騨をゆり起した。
「起きろ。事件だ。」彼等は事件を捏造することを喜ぶ。「葉ちやんの大ポオズ。」
彼等の會話には、「大」といふ形容詞がしばしば用ゐられる。退屈なこの世のなかに、何か期待できる對象が欲しいからで
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