「それあさうだ。」小菅は氣輕く同意して、きよろきよろあたりを見※[#「廴+囘」、第4水準2−12−11]した。「寒いなあ。君は、けふここへ泊るかい。」
飛騨はパンをあわてて呑みくだして、首肯いた。「泊る。」
青年たちはいつでも本氣に議論をしない。お互ひに相手の神經へふれまいふれまいと最大限度の注意をしつつ、おのれの神經をも大切にかばつてゐる。むだな侮りを受けたくないのである。しかも、ひとたび傷つけば、相手を殺すかおのれが死ぬるか、きつとそこまで思ひつめる。だから、あらそひをいやがるのだ。彼等は、よい加減なごまかしの言葉を數多く知つてゐる。否といふ一言をさへ、十色くらゐにはなんなく使ひわけて見せるだらう。議論をはじめる先から、もう妥協の瞳を交してゐるのだ。そしておしまひに笑つて握手しながら、腹のなかでお互ひがともにともにかう呟く。低腦め!
さて、僕の小説も、やうやくぼけて來たやうである。ここらで一轉、パノラマ式の數齣を展開させるか。おほきいことを言ふでない。なにをさせても無器用なお前が。ああ、うまく行けばよい。
翌る朝は、なごやかに晴れてゐた。海は凪いで、大島の噴火のけむりが
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