てゐた。「しかし、――それだけでないさ。藝術家はそんなにあつさりしたものでないよ。」
 食堂は暗くなつた。雨がつよくなつたのである。
 小菅はミルクをひとくち飮んでから言つた。「君は、ものを主觀的にしか考へれないから駄目だな。そもそも、――そもそもだよ。人間ひとりの自殺には、本人の意識してない何か客觀的な大きい原因がひそんでゐるものだ、といふ。うちでは、みんな、女が原因だときめてしまつてゐたが、僕は、さうでないと言つて置いた。女はただ、みちづれさ。別なおほきい原因があるのだ。うちの奴等はそれを知らない。君まで、變なことを言ふ。いかんぞ。」
 飛騨は、あしもとの燃えてゐるストオブの火を見つめながら呟いた。「女には、しかし、亭主が別にあつたのだよ。」
 ミルクの茶碗をしたに置いて小菅は應じた。「知つてるよ。そんなことは、なんでもないよ。葉ちやんにとつては、屁でもないことさ。女に亭主があつたから、心中するなんて、甘いぢやないか。」言ひをはつてから、頭のうへの肖像畫を片眼つぶつて狙つて眺めた。「これが、ここの院長かい。」
「さうだらう。しかし、――ほんたうのことは、大庭でなくちやわからんよ。」
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