答案落第
太宰治

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)態《てい》と

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)百|米《メートル》
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「小説修業に就いて語れ。」という出題は、私を困惑させた。就職試験を受けにいって、小学校の算術の問題を提出されて、大いに狼狽している姿と似ている。円の面積を算出する公式も、鶴亀算の応用問題の式も、甚だ心もとなくいっそ代数でやればできるのだが、などと青息吐息の態《てい》とやや似ている。
 いろいろ複雑にくすぐったく、私は、恥ずかしい思いである。
 スタートラインに並んで、未《ま》だ出発の合図のピストルの打ち鳴らされぬまえに飛び出し、審判の制止の声も耳にはいらず、懸命にはしってはしってついに百|米《メートル》、得意満面ゴールに飛び込み、さて写真班のフラッシュ待ちかまえ、にっと笑ってみるのだが、少し様子がちがって、一つの喝采《かっさい》もなし、満場の人、みな気の毒そうにその選手の顔を見ている。選手はじめて、はっとおのれの失敗に気づいて、恥ずかしいとも、くるしいとも、なんとも、どうも話にならない。
 ふたたび私は、すごすご
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