出発点に引返して、全身くたくたに疲れ、ぜいぜい荒い息を吐きながら、スタートラインに並んだ。フライイング犯した罰として、他の選手よりは一米うしろの地点から走らなければならない。「用意!」審判の冷酷の声が、ふたたび発せられる。
 私は、思いちがいしていた。このレエスは百米競争では、なかったのだ。千米、五千米、いやいや、もっとながい大マラソンであった。
 勝ちたい。醜くあせって全精力つかいはたして、こんなに疲れてしまっているが、けれども、私は選手だ。勝たなければ生きて行けない単純な選手だ。誰か、この見込みの少い選手のために、声援を与える高邁《こうまい》の士はいないか。
 おととしあたり、私は私の生涯にプンクトを打った。死ぬと思っていた。信じていた。そうなければかなわぬ宿命を信じていた。自分の生涯を自分で予言した。神を冒したのである。
 死ぬと思っていたのは、私だけではなかった。医者も、そう思っていた。家人も、そう思っていた。友人も、そう思っていた。
 けれども、私は、死ななかった。私は神のよほどの寵児《ちょうじ》にちがいない。望んだ死は与えられず、そのかわり現世の厳粛な苦しみを与えられた。私
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