は、めきめき太った。愛嬌《あいきょう》もそっけもない、ただずんぐり大きい醜貌《しゅうぼう》の三十男にすぎなくなった。この男を神は、世の嘲笑《ちょうしょう》と指弾と軽蔑《けいべつ》と警戒と非難と蹂躙《じゅうりん》と黙殺の炎の中に投げ込んだ。男はその炎の中で、しばらくもそもそしていた。苦痛の叫びは、いよいよ世の嘲笑の声を大にするだけであろうから、男は、あらゆる表情と言葉を殺して、そうして、ただ、いも虫のように、もそもそしていた。おそろしいことには、男は、いよいよ丈夫になり、みじんも愛くるしさがなくなった。
まじめ。へんに、まじめになってしまった。そうして、ふたたび出発点に立った。この選手には、見込みがある。競争は、マラソンである。百米、二百米の短距離レエスでは、もう、この選手、全然見込みがない。足が重すぎる。見よ、かの鈍重、牛の如き風貌を。
変れば変るものである。五十米レエスならば、まず今世紀、かれの記録を破るものはあるまい、とファン囁《ささや》き、選手自身もひそかにそれを許していた、かの俊敏はやぶさの如き太宰治とやらいう若い作家の、これが再生の姿であろうか。頭はわるし、文章は下手、学
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