ック像のようにゆったりと腕組みした。すると、私自身が、東京名所の一つになってしまったような気さえして来たのである。一時ちかくなって、来た、来たという叫びが起って、間もなく兵隊を満載したトラックが山門前に到着した。T君は、ダットサン運転の技術を体得していたので、そのトラックの運転台に乗っていた。私は、人ごみのうしろから、ぼんやり眺めていた。
「兄さん」いつの間にか私の傍に来ていた妹が、そう小声で言って、私の背中を強く押した。気を取り直して、見ると、運転台から降りたT君は、群集の一ばんうしろに立っている私を、いち早く見つけた様子で挙手の礼をしているのである。私は、それでも一瞬疑って、あたりを見廻し躊躇《ちゅうちょ》したが、やはり私に礼をしているのに違いなかった。私は決意して群集を掻きわけ、妹と一緒にT君の面前まで進んだ。
「あとの事は心配ないんだ。妹は、こんなばかですが、でも女の一ばん大事な心掛けは知っている筈なんだ。少しも心配ないんだ。私たち皆で引き受けます」私は、珍しく、ちっとも笑わずに言った。妹の顔を見ると、これもやや仰向になって緊張している。T君は、少し顔を赤らめ、黙ってまた挙手の
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