上げているのではないのでございまして、本当に私は、よくぞそれがしを思い出して下さった、光栄だと思って居りますくらいで、しかし、それにつけても、これは犯罪、いや、犯罪などと極端な事は言わずとも、私ごとき者が、神聖なるべき教育会の皆様に講演するとは、これは、いかにしても、インチキではなかろうかと、私は昨夜も眠らず煩悶《はんもん》いたしました。いったいこれはあの時、私が固くお断りすれば、なんの事も無かったのでございましたのですが、私はあの有名な小鹿様などとは違って、毎日自分の身一つをもてあまして暮しているのを、その代表のお方に見破られているのでございますから、いまさら都合がどうのこうのと、もったい振っても、それは噴飯《ふんぱん》ものでございましょうし、また、私のようなものでも顔を出して何やら文化に就いて一席うかがいますと、それでどうやら四方八方が円満に治るのだから是非どうぞ、と頼まれますると、私といたしましても、この老骨が少しでもお役に立つのは有りがたく、かたじけなしと存じて、まことにどうも、インチキだとは思いながら、軽はずみに引受けて、ただいまよろめきながらこの壇に上って、そうして、ああ、
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