やっぱり、何が何でもひたすらお断りするのが本当であったと、後悔ほぞを噛《か》んでいる次第でございます。
 いったい私は、いまではダメな老人である事はもちろんでございますが、それならば、若い時の、せめて或る一時期に於いて、ダメでない頃があったかと申しますると、これもまた全然ダメだったのでございます。私が東京に於いて或るほんの一時期、これでも多少、まあ、わずかな人たちのあいだで、問題にされた事もあったと、まあ、言って言えない事もないと思いますが、しかし、その問題にされ方が、如何《いか》に私がダメな男であるか、おそらくは日本で何人と数えられるほどダメな男ではなかろうか、という事に就いて問題にされたのでありまして、その頃、私の代表作と言われていた詩集の題は、「われ、あまりに愚かしければ、詐欺師《さぎし》もかえって銭《ぜに》を与う」というのでありまして、之《これ》を以《もっ》てみても、私の文名たるや、それは尊敬の対象では無く、呆れられ笑われ、また極めて少数の情深い人たちからは、なぐさめられ、いたわられ、わずかに呼吸しているという性質のものであったという事がおわかりでございましょう。甚《はなは》だ
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