してまいったのでございます。しかし、なおよくその代表のお方の打ち明けたお話を承ってみますと、このたびの教育会には、あの有名な社会思想家の小鹿五郎様がその疎開《そかい》先のA市からおいでになって、何やら新しい思想に就いて講演をなさる、というご予定でございましたそうで、ところが運わるく、小鹿様がいったん約束をして置きながら、突然おことわりの電報をよこした、いや、あれくらい有名になると、いろいろまた都合というものもございますのでしょう、あながち小鹿様のわがままとのみ解せられない事でございまして、世の中というものは、たいていそんなもので、いつの世に於いても、頭のよい偉い人には、この都合というものがたくさんございますような工合で、私どもは、ただ泣き寝入りのほかはございませんでして、さて、その小鹿様には断られても、既に今日の教育会は予定せられてあって、いまさら中止も出来ないわけがあるのだそうで、ここに於いて誰やらが、私の存在を思い出し、あのじいさんも昔は詩だか何だかを書いた事があるんだそうだ、謂《い》わば文化人の端くれだ、あれでも呼んで間に合せようではないかと、まあ、いいえ、私は決してうらみを申し
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