刷所で、おかみさんと色の黒い千葉県出身のめしたき女にいじめられながら、それでも私は五年間はたらきました。そのうちに、これはまあ、私にとって幸福な事であったのか、不幸な事であったのか、私のいま以《もっ》て疑問としているところでございますが、このようなダメな男でも、詩壇の一隅に乗り出す機縁が生じてまいったのでございます。実に、人の一生は、不思議とでも申すよりほか無いものでございます。その頃、日本では非常に文学熱がさかんで、もうとてもそれは、昨今のこの文化復興とか何とかいうお通夜みたいなまじめくさったものとはくらべものにならぬくらい、実に猛烈でハイカラで、まことに天馬空を駈《か》けるという思い切ったあばれ方で、ことにも外国の詩の飜訳《ほんやく》みたいに、やたらに行《ぎょう》をかえて書く詩が大流行いたしまして、私の働いている印刷所にも、その詩の連中が機関雑誌を印刷してくれと頼みに来まして、「あけぼの」という題の、二十頁そこそこのパンフレットでございましたから、引受けて印刷する事になったのでございますが、私はいつもその原稿を読み活字を拾い、しだいに文学熱にかぶれて、本屋へ行って当時の大家の詩集な
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