て居られるとかいう話でございます。芹川さんと私とは、女学校を出てからも、交際をつづけて居りましたが、交際といっても、私のほうから芹川さんのお家へ遊びに行ったことは一度も無く、いつも芹川さんのほうから私を訪ねて来て、話題は、たいてい小説のことでございました。芹川さんは、学校に居た頃から漱石《そうせき》や蘆花《ろか》のものを愛読していて、作文なども仲々大人びてお上手でしたが、私は、その方面は、さっぱりだめでございました。ちっとも興味を持てなかったのです。それでも、学校を出てからは、芹川さんのちょいちょい持って来て下さる小説本を、退屈まぎれに借りて読んでいるうちに、少しは小説の面白さも、わかって来たようでした。けれども、私の面白いと思った本は、芹川さんは余り、いいとはおっしゃらず、芹川さんのいいとおっしゃる本は、私には、意味がよくわかりませんでした。私は鴎外《おうがい》の歴史小説が好きでしたけれど、芹川さんは、私を古くさいと言って笑って、鴎外よりは有島武郎のほうが、ずっと深刻だと私に教えて、そのおかたの本を、二三冊持って来て下さいましたけれど、私が読んでも、ちっともわかりませんでした。いま読
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