ろ天然の障壁をなし、以て交通を阻害してゐる奥州、風波高く海運不便なる日本海と、北上山脈にさへぎられて発達しない鋸歯状の岬湾の多い太平洋とに包まれた奥州。しかも冬期降雪多く、本州中で一番寒く、古来、数十回の凶作に襲来されたといふ奥州。九州の耕地面積二割五分に対して、わづかに一割半を占むる哀れなる奥州。どこから見ても不利な自然的条件に支配されてゐるその奥州は、さて、六百三十万の人口を養ふに、今日いかなる産業に拠つてゐるであらうか。
 どの地理書を繙いても、奥州の地たるや本州の東北端に僻在し、衣、食、住、いづれも粗樸、とある。古来からの茅葺、柾葺、杉皮葺は、とにかくとして、現在多くの民は、トタン葺の家に住み、ふろしきを被つて、もんぺいをはき、中流以下悉く粗食に甘んじてゐる、といふ。真偽や如何。それほど奥州の地は、産業に恵まれてゐないのであらうか。高速度を以て誇りとする第二十世紀の文明は、ひとり東北の地に到達してゐないのであらうか。否、それは既に過去の奥州であつて、人もし現代の奥州に就いて語らんと欲すれば、まづ文芸復興直前のイタリヤに於いて見受けられたあの鬱勃たる擡頭力を、この奥州の地に認めな
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