に、出来るだけ見事な花を咲かせるやうに努力するより他には仕方がないやうだ。いたづらに過去の悲惨に歎息せず、N君みたいにその櫛風沐雨の伝統を鷹揚に誇つてゐるはうがいいのかも知れない。しかも津軽だつて、いつまでも昔のやうに酸鼻の地獄絵を繰り返してゐるわけではない。その翌日、私はN君に案内してもらつて、外ヶ浜街道をバスで北上し、三厩で一泊して、それからさらに海岸の波打際の心細い路を歩いて本州の北端、竜飛岬まで行つたのであるが、その三厩竜飛間の荒涼索莫たる各部落でさへ、烈風に抗し、怒濤に屈せず、懸命に一家を支へ、津軽人の健在を可憐に誇示してゐたし、三厩以南の各部落、殊にも三厩、今別などに到つては瀟洒たる海港の明るい雰囲気の中に落ちつき払つた生活を展開して見せてくれてゐたのである。ああ、いたづらにケガヅの影におびえる事なかれである。以下は佐藤弘といふ理学士の快文章であるが、私のこの書の読者の憂鬱を消すために、なほまた私たち津軽人の明るい出発の乾盃の辞としてちよつと借用して見よう。佐藤理学士の奥州産業総説に曰く、「撃てば則ち草に匿れ、追へば即ち山に入つた蝦夷族の版図たりし奥州、山岳重畳して到るとこ
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