たちは、東京から来た客人を、すべて食べものをあさりに来たものとして軽蔑して取扱ふやうになつたといふ噂も聞いた。私は津軽へ、食べものをあさりに来たのではない。姿こそ、むらさき色の乞食にも似てゐるが、私は真理と愛情の乞食だ、白米の乞食ではない! と東京の人全部の名誉のためにも、演説口調できざな大見得を切つてやりたいくらゐの決意をひめて津軽へ来たのだ。もし、誰か私に向つて、さあさ、このごはんは白米です、おなかが破れるほど食べて下さい、東京はひどいつて話ぢやありませんか、としんからの好意を以て言つてくれても、私は軽く一ぱいだけ食べて、さうしてかう言はうと思つてゐた。「なれたせゐか、東京のごはんのはうがおいしい。副食物だつて、ちやうど無くなつたと思つた頃に、ちやんと配給がありますBいつのまにやら胃腑が撤収して小さくなつてゐるので、少したべると満腹します。よくしたもんですよ。」
 けれども私のそんなひねくれた用心は、まつたく無駄であつた。私は津軽のあちこちの知合ひの家を訪れたが、一人として私に、白いごはんですよ、腹の破れるほど食ひ溜めなさいなどと言つてくれた人は無かつた。殊にも、私の生家の八十八歳
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