ことさらに楊枝まで使つてみせなくてもよささうに思はれるのだが、そこが男の意地である。男の意地といふものは、とかく滑稽な形であらはれがちのものである。東京の人の中には、意地も張りも無く、地方へ行つて、自分たちはいまほとんど餓死せんばかりの状態なのです、とひどく大袈裟に窮状を訴へ、さうして田舎の人の差し出す白米のごはんなどを拝んで食べて、お追従たらたら、何かもつと食べるものはありませんか、おいもですか、そいつは有難い、幾月ぶりでこんなおいしいおいもを食べる事でせう、ついでに少し家へ持つて帰りたいのですけれども、わけていただけませんでせうかしら、などと満面に卑屈の笑ひを浮べて歎願する人がたまにあるとかいふ噂を聞いた。東京の人みなが、確実に同量の食料の配給を受けてゐる筈である。その人ひとりが、特別に餓死せんばかりの状態なのは奇怪である。或いは胃拡張なのかも知れないが、とにかく食べ物の哀訴歎願は、みつともない。お国のため、などと開き直つた事は言はずとも、いつの世だつて、人間としての誇りは持ち堪へてゐたいものだ。東京の少数の例外者が、地方へ行つて、ひどく出鱈目に帝都の食料不足を訴へるので、地方の人
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