ふのである。他国の人が、もし私のこのやうな悪口を聞いて、さうして安易に津軽を見くびつたら、私はやつぱり不愉快に思ふだらう。なんと言つても、私は津軽を愛してゐるのだから。
 弘前市。現在の戸数は一万、人口は五万余。弘前城と、最勝院の五重塔とは、国宝に指定せられてゐる。桜の頃の弘前公園は、日本一と田山花袋が折紙をつけてくれてゐるさうだ。弘前師団の司令部がある。お山参詣と言つて、毎年陰暦七月二十八日より八月一日に到る三日間、津軽の霊峰岩木山の山頂奥宮に於けるお祭りに参詣する人、数万、参詣の行き帰り躍りながらこのまちを通過し、まちは殷賑を極める。旅行案内記には、まづざつとそのやうな事が書かれてある。けれども私は、弘前市を説明するに当つて、それだけでは、どうしても不服なのである。それゆゑ、あれこれと年少の頃の記憶をたどり、何か一つ、弘前の面目を躍如たらしむるものを描写したかつたのであるが、どれもこれも、たわい無い思ひ出ばかりで、うまくゆかず、たうとう自分にも思ひがけなかつたひどい悪口など出て来て、作者みづから途方に暮れるばかりである。私はこの旧津軽藩の城下まちに、こだはりすぎてゐるのだ。ここは私
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