に、私にとつては非常な大旅行の感じで、その時の興奮を私は少し脚色して小説にも書いた事があつて、その描写は必ずしも事実そのままではなく、かなしいお道化の虚構に満ちてはゐるが、けれども、感じは、だいたいあんなものだつたと思つてゐる。すなはち、
「誰にも知られぬ、このやうな佗びしいおしやれは、年一年と工夫に富み、村の小学校を卒業して馬車にゆられ汽車に乗り十里はなれた県庁所在地の小都会へ、中学校の入学試験を受けるために出掛けたときの、そのときの少年の服装は、あはれに珍妙なものでありました。白いフランネルのシヤツは、よつぽど気に入つてゐたものとみえて、やはり、そのときも着てゐました。しかも、こんどのシヤツには蝶々の翅のやうな大きい襟がついてゐて、その襟を、夏の開襟シヤツの襟を背広の上衣の襟の外側に出してかぶせてゐるのと、そつくり同じ様式で、着物の襟の外側にひつぱり出し、着物の襟に覆ひかぶせてゐるのです。なんだか、よだれ掛けのやうにも見えます。でも、少年は悲しく緊張して、その風俗が、そつくり貴公子のやうに見えるだらうと思つてゐたのです。久留米絣に、白つぽい縞の、短い袴をはいて、それから長い靴下、編
前へ 次へ
全228ページ中3ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
太宰 治 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング