太が散乱してゐる。その前のとし、私の家の八十八歳の祖母も、とんと経験が無い、と言つてゐるほどの大洪水がこの金木町を襲つたのである。
「この木が、みんな山から流されて来たのです。」と言つて、アヤは悲しさうな顔をした。
「ひどいなあ。」私は汗を拭きながら、「まるで、海のやうだつたらうね。」
「海のやうでした。」
 金木川にわかれて、こんどは鹿《か》の子川に沿うてしばらくのぼり、やつと森林鉄道の軌道から解放されて、ちよつと右へはひつたところに、周囲半里以上もあるかと思はれる大きい溜池が、それこそ一鳥啼いて更に静かな面持ちで、蒼々満々と水を湛へてゐる。この辺は、荘右衛門沢といふ深い谷間だつたさうであるが、谷間の底の鹿の子川をせきとめて、この大きい溜池を作つたのは、昭和十六年、つい最近の事である。溜池のほとりの大きい石碑には、兄の名前も彫り込まれてゐた。溜池の周囲に工事の跡の絶壁の赤土が、まだ生々しく露出してゐるので、所謂天然の荘厳を欠いてはゐるが、しかし、金木といふ一部落の力が感ぜられ、このやうな人為の成果といふものも、また、快適な風景とせざるを得ない、などと、おつちよこちよいの旅の批評家は、
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