の歴史は、はつきりしないらしい。ただ、この北端の国は、他国と戦ひ、負けた事が無いといふのは本当のやうだ。服従といふ観念に全く欠けてゐたらしい。他国の武将もこれには呆れて、見て見ぬ振りをして勝手に振舞はせてゐたらしい。昭和文壇に於ける誰かと似てゐる。それはともかく、他国が相手にせぬので、仲間同志で悪口を言ひ合ひ格闘をはじめる。安東氏一族の内訌に端を発した津軽蝦夷の騒擾などその一例である。津軽の人、竹内運平氏の青森県通史に拠れば、「この安東一族の騒乱は、引いて関八州の騒動となり、所謂北条九代記の『是ぞ天地の命の革むべき危機の初め』となつてやがては元弘の変となり、建武の中興となつた。」とあるが、或いはその御大業の遠因の一つに数へられてしかるべきものかも知れない。まことならば、津軽が、ほんの少しでも中央の政局を動かしたのは、実にこれ一つといふ事になつて、この安東氏一族の内訌は、津軽の歴史に特筆大書すべき光栄ある記録とでも言はなければならなくなる。いまの青森県の太平洋寄りの地方は古くから糠部《ぬかのぶ》と称する蝦夷地であつたが、鎌倉時代以後、ここに甲州武田氏の一族南部氏が移り住み、その勢ひ頗る強
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