等分の必要はないんですよ。わかりましたか。」N君の説明も、あまり上手とは言へなかつた。女中さんは、やつぱり、はあ、と頼りないやうな返辞をしただけであつた。
 やがてお膳が出た。鯛はいま塩焼にしてゐます、お酒はけふは無いさうです、とにこりともせずに、れいの、悧巧さうでない女中さんが言ふ。
「仕方が無い。持参の酒を飲まう。」
「さういふ事になるね。」とN君は気早く、水筒を引寄せ、「すみませんがお銚子を二本と盃を三つばかり。」
 ことさらに三つとは限らないか、などと冗談を言つてゐるうちに、鯛が出た。ことさらに三つに切らなくてもいいといふN君の注意が、実に馬鹿々々しい結果になつてゐたのである。頭も尾も骨もなく、ただ鯛の切身の塩焼きが五片ばかり、何の風情も無く白茶けて皿に載つてゐるのである。私は決して、たべものにこだはつてゐるのではない。食ひたくて、二尺の鯛を買つたのではない。読者は、わかつてくれるだらうと思ふ。私はそれを一尾の原形のままで焼いてもらつて、さうしてそれを大皿に載せて眺めたかつたのである。食ふ食はないは主要な問題でないのだ。私は、それを眺めながらお酒を飲み、ゆたかな気分になりたかつ
前へ 次へ
全228ページ中115ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
太宰 治 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング