「あんなに情熱的にいろんな質問を発してゐたぢやないか。」と言ふと、
「いや、すべて、うはのそらだつた。何せ、ひどく酔つてたんだ。僕は君たちがいろいろ知りたいだらうと思つて、がまんして、あのおかみの話相手になつてやつてゐたんだ。僕は犠牲者だ。」つまらない犠牲心を発揮したものである。
三厩の宿に着いた時には、もう日が暮れかけてゐた。表二階の小綺麗な部屋に案内された。外ヶ浜の宿屋は、みな、町に不似合なくらゐ上等である。部屋から、すぐ海が見える。小雨が降りはじめて、海は白く凪いでゐる。
「わるくないね。鯛もあるし、海の雨を眺めながら、ゆつくり飲まう。」私はリユツクサツクから鯛の包みを出して、女中さんに渡し、「これは鯛ですけどね、これをこのまま塩焼きにして持つて来て下さい。」
この女中さんは、あまり悧巧でないやうな顔をしてゐて、ただ、はあ、とだけ言つて、ぼんやりその包を受取つて部屋から出て行つた。
「わかりましたか。」N君も、私と同様すこし女中さんに不安を感じたのであらう。呼びとめて念を押した。「そのまま塩焼きにするんですよ。三人だからと言つて、三つに切らなくてもいいのですよ。ことさらに、三
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