て或いは失神するかも知れない。
「お酒は、あります。」上品なMさんは、かへつてご自分のはうで顔を赤くしてさう言つた。「飲みませう。」
「いやいや、ここで飲んでは、」と言ひかけて、N君は、うふふと笑つてごまかした。
「それは大丈夫。」とMさんは敏感に察して、「竜飛へお持ちになる酒は、また別に取つて置いてありますから。」
「ほほ、」とN君は、はしやいで、「いや、しかし、いまから飲んでは、けふのうちに竜飛に到着する事が出来なくなるかも、」などと言つてゐるうちに、奥さんが黙つてお銚子を持つて来た。この奥さんは、もとから無口な人なのであつて、別に僕たちに対して怒つてゐるのでは無いかも知れない、と私は自分に都合のいいやうに考へ直し、
「それぢや酔はない程度に、少し飲まうか。」とN君に向つて提案した。
「飲んだら酔ふよ。」N君は先輩顔で言つて、「けふは、これあ、三厩泊りかな?」
「それがいいでせう。けふは今別でゆつくり遊んで、三厩までだつたら歩いて、まあ、ぶらぶら歩いて一時間かな? どんなに酔つてたつて楽に行けます。」とMさんもすすめる。けふは三厩一泊ときめて、私たちは飲んだ。
私には、この部屋へ
前へ
次へ
全228ページ中106ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
太宰 治 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング